Line Buffer Overflow…

書くことが多過ぎるとき、バッファーとしてこちらに書きます。不定期更新です。

本日も、ウチの巨匠に感謝・76…

金曜日。

僕が“こってりな”おかずを買ってくることを見越して…


f:id:kiha-gojusan-hyakusan:20171124234252j:image

 

あっさり、野菜たっぷりのスープ。

 

本日も、ウチの巨匠に感謝…

4人でキャッチボール…

職場で電話を取るのは、ほぼ、僕です。

一次受けなので、所望された方に取り次ぐわけですけど、常に相手が在席とは限らないわけで。

 

外出してれば、また明日の場合もあれば、伝言を頼まれることも。

会議とかだったら、終了後にまた、とか、終わったら折返し、とかですね。

 

ちょっと席を外している場合もあります。

この場合、折返しを頼まれる確率が高いです。

メモにして渡したり、帰ってきたら口頭で伝えたり。

 

しばらくして、また同じ人から掛かってくることもあります。

話したい相手が折り返したとき、最初にかけてきた主が不在で、折返しを頼み。

その折返しが来たのに、また不在。

 

向こうもたいてい、電話の一次受けがいるでしょうから、計4人で電話をまわし合うことが、たまにあるのです。

 

キャッチボールのごとく。

サッカーなら、パス回し!?

 

何回かのやりとりの挙げ句、ようやくお互いが在席で、「すみません!何度もお電話いただいて!」

 

僕は陰で、“やれやれ…”と、ほっとするのです…。

測るだけダイエット・66…

11/24の体重は、「96.35kg」でした~!

 

97kgを割ってると、なんかうれしい♪

目標が小さい?!

 

…スンマソン。。。

背番号76の記憶…

(敬称略)

中日ドラゴンズの投手コーチ、主にブルペンを担当するコーチがいます。

近藤真市。

背番号76。

 

この人の野球人生は、1987年8月9日の、ナゴヤ球場での巨人戦に尽きます。

なんと言っても、プロ初登板でノーヒットノーランをやってのけたんですから。

 

当時、彼は背番号13。

その若いピッチャーに、巨人打線が凡打の山。

あの時は巨人ファンでしたから、僕も相当悔しい思いをしましたが、同時に、鮮烈な印象も受けたわけです。

以後、結構注目してみてたと思います。

 

ただ残念なことに、その後は故障に悩まされ、実働はわずか6年に終わりました。

その当時は何も知りませんでしたから、結構アンチ的な眼で見ていたはずですが、実際、本人は相当苦しんでいたようです。

 

その後、スコアラーを務めた後、スカウトでは岩瀬を掘り当てます。

岩瀬はもう18年も現役ですし、数々の勝利と記録をもたらした名投手になりましたから、この貢献は非常に大きかった。

岩瀬の背番号は、近藤が最初の年に付けていた、背番号13です。

 

2003年からは投手コーチとして、現場復帰。

そのまま15年も、中日の投手陣を支え続けています。

裏方を入れると、23年。

現役よりも遥かに長い、年数になりました。

ブルペン担当ですから、グラウンドに出てくることは稀なんでしょうけど、信頼は厚いそうで、チームを影で支える、名コーチと言えるでしょうね。

鍛練…

今日は職場の避難訓練でした。

地震が起き、ある階で火災が発生、指示に従って外へ出る、という設定です。

 

僕の会社は、11階です。

地震発生中ですから、エレベーターは使えない。

 

もちろん、階段で下りるわけです。

膝に来ますね!

あと、目が回る!!

階段と踊り場を交互に、11階も下りることは、実生活では滅多にないのです。

しかも、ある程度加速してますしね!

 

ようやく下りてきたけど、僕らの階は、実は低層階。

他社ではさらに倍の段数を下りる方もいるわけで、それこそ、半年に一度の大イベントですな。

 

参加者が揃い、講話を聞いて、解散!

…この後、何が起こるのか。

 

全員が、エレベーターに殺到するのです。

職場に、戻らなければなりませんから。

 

混雑は、朝ラッシュの比ではありません。

待つしか、ない…

 

いえ、もう一つ方法があります。

先ほど下りてきた、非常階段!

コレを使えば、待たずに職場に帰れるのです♪

基本、並ぶのは嫌いな僕です。

迷わず、非常階段を選択!

 

…しましたけど。。。

 

6階ぐらいで息が切れてきて、9階の頃には息も絶え絶え…。

鍛錬が、足らない…。

 

それでも、エレベーターに並んだ同僚よりも、数分は早く到着!

イエイ♪

 

でも、切れた息が元に戻る時間を足したら、似たようなものかも知れませんね…。

「い」の記憶…

京版の「い」は、

 

「一寸先は闇」です。

 

世の中、怖いですよね。

信頼を崩すのなんて、一瞬ですもん。

事故や事件、マズい対応、ちょっとした行き違い…。

 

僕だって、明日にはこの世から消えてるかも知れませんよ。

 

でも、そうしたことが起こるかも知れないという「不安」こそ、人間が一番堪えがたいことなのかも知れません。

不安に苛まれるぐらいなら、自ら…と考えるのも無理はないぐらい、不安が持つ力は、大きいのです。

 

そんな状態で、一筋の光が見えた。

飛びついてすがった結果が…、

実は罠だったってこともあるから、人生難しいです。

 

人生に正解はないと言うけど、正確には、不可逆的なんですよね。

起きたことは、もう取り返しがつかない。

 

だから、万が一に備えるために、計画を立てて、しっかり生きている方が、大半だと思います。

でも僕には、それが出来ない。

先を見る目がないんですね。

 

そうなると、現在重視、対応重視ってことになるんですが、蓄えや年金なんかも考えるといつまでもこのままでは、と思ったりもします。

 

背番号75の記憶…

(敬称略)

千葉ロッテマリーンズの一軍打撃コーチに、堀幸一という人がいます。

背番号は75。

長らく背番号5を背負い、千葉ロッテ一筋、21年間も活躍を続けた選手でした。

 

「打てて守れる」とは、彼のことを言う言葉でしょう。

内野はどこでも、外野さえも守れるユーティリティプレーヤーでありながら、打撃も2割中盤から後半、時には3割をマークすることが可能で、長打力を求められれば、20本以上のホームランをかっ飛ばすことも可能。

ありとあらゆることに対応できた、万能型の選手でした。

なので、こんな記録があります。

 

「全打順で本塁打

1番から9番まで、時には4番を任されることもあり、その上で、すべての打順でホームランを打っているのです。

すごいですね~!

打順だって、1番から9番まで、求められることは全部違うわけで、それを全部こなしてしまったわけですから。

ちなみに、何番が多いのかな?

 

引退後は解説を経て、2013年から一軍打撃コーチを務めていました。

ただ、今年のマリーンズは、あまりにも打てず…

井口監督に代わって、二軍のコーチに異動になっています。

選手を育てる、という面では、道半ばかな?

来年は堀コーチにとっても、勝負かも知れません。