今週のお題「これに影響を受けました!」
何回か書いたことで、恐縮ですが…
ある方に言われた言葉で、僕の交友のスタンスは、大きく変わりました。
31歳でうつ病を発症して、郵便局を退職。
療養して再就職するも、再発で再び無職になり、リワークデイケアに通っていた頃のことです。
この会、僕は結構褒められたんですよね。
いろんなことで。
でも、それまでいた組織、学校、サッカークラブ、部活、バイト先、職場を含めて、そんな環境は初めてだったんです。
大抵、からかわれたり敬遠されたり。
家でも、特に母は、あんまり褒めない人でしたし。
「褒められることに、慣れていなかった」んです。
なので、褒められても、どう反応していいか、わからなかった。
謙遜したり、逆に自分を貶めたり、正直、あんまりいい態度は取っていませんでした。
ひねくれていたんですね。
そんな僕を見て、その人は言ったんです。
「せっかく褒めてくれた人に対して、その態度は失礼だ」
大きなショックでした。
今もそうですが、「人に迷惑をかける」ことに、大きな罪悪感というか、むしろ恐怖感を持っていましたから。
「指摘され、たしなめられる!」とね。
僕にとっては非常に重大な問題が、突如降って湧いたんです。
結構、混乱しましたよ。
正直な所。
「じゃあ、どう反応するのがいいのか?」わからなかったですから。
でも、考えると、答は一つでした。
「受け入れればいい」
そう、素直に受け入れて、お礼を言えばいいと。
以来、褒められても、そういうひねくれた態度は、取らなくなりました。
ひねくれると、せっかく褒めてくれた相手を、かえって傷つけることになるから、と。
結局、自分が叩かれることになるからと、消極的な対応ではありました。
でも、そうやっていくと、だんだん気づくことがありました。
それまでの自分は、身を守り、来る者を跳ね返すことに、注力していたんです。
恐かったから、自分に自信がなかったから、嫌なことをされた経験があるから、…
いろんな理由はありましたが、過度に人を恐れていた。
もっと言えば、相手を信じていなかったんです。
でも、受け入れることにすると、だんだん人や物の、長所を見るようになった。
受け入れるには、それなりの理由が要りますからね。
長所を見る、見つける努力をするようになったんです。
それが、そういう視点で見ると、意外と簡単に見つかるんですね。
同じ趣味だって、考え方だって、もっと言えばルックスだって、何でもいい。
そう、何でもいいんです。
ちょっとフィーリングに合えば、それはその人・物の長所と好感して、受け入れるようになったんです。
そもそも、好意を持って、近づいてきてくれるだけで、それは受け入れる理由になりますしね。
以来、交友関係は公私とも、随分広がるようになりました。
今の交友関係は、その人に言われる前に比べたら、信じられないほど広がりました。
自分で言うのもなんですが、別人と言えるぐらいの、変わり様だと思っています。
やっぱり、あからさまに拒否する人に対しては、よっぽど強い好意がなければ、近づいて来れません。
でも、受け入れる姿勢を見せれば、人は安心して、近づいてこれると思う。
僕も、相手の受け入れる姿勢を感じたら、積極的に飛び込むようにもなりました。
もちろん、上手くいかなかった例もあります。
彼女にも、振られましたしね。
今後だって、安易に受け入れて、だまされる危険も、あるかも知れません。
それでも、全て撥ね付けるよりは、一旦は受け入れて、見極めてから判断した方が、ずっといいと思う。
全て撥ね付けていれば、何も起こりません。
かつては、それでいいと思っていたんですが、今はそれではダメだと思っています。
何も起こらないのは、±0じゃない。
漸減なんです。
そんなスタンスになったのは、あの言葉からだと思うんですね。
2回のうつ再発、浪人を経て、リワークデイケアでの日々は、僕をだいぶ鍛え直してくれたと思いますが、その中でも特に、僕を大きく変えたのは、この言葉だと思うんですよ。
敢えて忠告してくれたOさん、ありがとうございます。
一生忘れられない、恩義だと思います。