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書くことが多過ぎるとき、バッファーとしてこちらに書きます。不定期更新です。

背番号42の記憶…

(敬称略)

日本人は、滅多に付けない番号です。

“42”=“死に”につながると、敬遠されてしまいます。

 

ところが…、

日本にやってくる外国人選手で、この42番を付けた選手、多くありません?

 

まぁ、日本人が付けないから、外国人に付けさせてるんじゃない?って思ってたんです。

でも、実は彼らは、喜んでこの番号を付けるそうです。

 

なぜなら、背番号42は「ジャッキー・ロビンソン」の番号だから。

近代メジャーリーグでは初めて活躍し、後進に道を開いた、黒人選手です。

 

1940~50年代まで、メジャーリーグと言えども、それは白人のもの。

黒人は白人と一緒に野球をすることすら、条例で禁じられていた地域もありました。

ただ、当時の二グロ・リーグという黒人リーグがあって、腕を磨いていたそうです。

 

ドジャースに見いだされて、AAAの試合に出るも、差別は厳しく、試合が中止になったこともあったとか。

それでも、彼は活躍を続け、チームは優勝。

その頃にはチームにもファンにも、すっかり溶け込んでいたそうです。

 

ちなみに、契約の時にドジャースの会長・リッキーに強く言われたことは、「やり返さない勇気を持て」だそうです。

それを実行したジャッキーは、すっかりチームの一員になったのです。

 

今の日本にも、教えになるかも知れません…。

 

メジャーでも活躍。

ポジションはセカンドですから、細かい動きが要求される、難しいポジションです。

ここでも差別があったようですが、ジャッキーを擁護する人々も、たくさんいたようです。

人柄もあったでしょうし、前述の「紳士」でもあったからなのでしょう。

 

引退後は公民権運動に身を捧げ、黒人の地位向上に、大きく貢献しました。

後に野球殿堂入りを果たし、ドジャースでは背番号42は永久欠番となりました。

メジャーデビュー50年の1997年、ついに全球団で、42番を永久欠番に設定。

名実ともに、「背番号42はジャッキー・ロビンソンの番号」なのです。

制定時に付けていた選手は、特例で42番の継続使用が認められていましたが、ヤンキースのリベラを最後に、全員引退。

今やメジャーリーグで、42番は誰も付けられません。

 

それほど、黒人にとって、アメリカにとって、偉大な選手であり、人物だったのです。