Line Buffer Overflow…

書くことが多過ぎるとき、バッファーとしてこちらに書きます。不定期更新です。

野球

背番号99+の記憶…

(敬称略) このシリーズの大詰めは、背番号100以上の選手を取り上げます。 100以上の背番号と聞いて、まず思いついたのが、ホークスの山本穣。 背番号113。 当時の100番以上はスタッフの番号で、彼はブルペン捕手を務めていました。 実はこの人、ある選手に…

背番号99の記憶…

(敬称略) 2桁では最も重い番号です。 記憶に残るのは、阪神の中込伸。 背番号99。 体格のよい、大型のピッチャーで、重い球と、微妙に変化するカットボールを武器に、先発として活躍しました。 しかし、100kgを超えるその体格が、後に監督になった、ノムさ…

背番号98の記憶…

(敬称略) 野球では、あまり馴染みのある人がいませんね~ ホークスの今の98番、高村コーチは、近鉄で活躍、スマートな印象がありましたね。 なので、この人を挙げます。 トニー・シラグサ。 背番号98。 NFLのボルティモア・レイブンズの、DT(ディフェンス…

背番号97の記憶…

(敬称略) 巨人のスターティングオーダーに、彗星のごとく現れて、名を連ねた台湾人選手がいます。 呂明賜(ろ めいし)。 背番号97。 いつ頃かと思ったら、1988年。 僕が高校生の頃で、まだ巨人ファンだった頃です。 当時の背景は忘れてしまいましたが、突…

背番号96の記憶…

(敬称略) 90番台は選手もちらほらいるけど、指導者では意外と少なくて、苦戦しておりますが、96はあんまり人がいないので、この人に再登場願いましょう。 佐々木誠。 kiha-gojusan-hyakusan.hatenablog.jp コーチ時代の背番号は、96です。 この人、現役引…

背番号95の記憶…

(敬称略) 一昨年まで、ホークスにカニザレスという選手がいました。 背番号95。 何回か一軍に呼ばれて、ヒットも打ちましたが、ホークスは外国人枠の都合で、外国人打者は1人という方針で。 なかなか一軍での活躍は、叶いませんでした。 ちなみに、カニは…

背番号94の記憶…

(敬称略) ホークスでは、過去には田之上慶三郎コーチが、背番号94を付けていましたが、今は空番ですね。 倉野信次コーチもこの番号ですから、ホークスでは投手コーチ用の番号なんですかね。 “9”と“4”なんで、あまりいいとは言えない組み合わせではあります…

背番号93の記憶…

(敬称略) 今年、特に輝いたコーチです。 村松有人。 コーチ時代の背番号93。 現役時代はホークスの韋駄天リードオフマンとして活躍、日本一にも貢献しました。 FAでオリックスへ行きましたが、足に負担がない、天然芝の球場を求めたんだそうです。 ただ、…

背番号92の記憶…

(敬称略) 楽天のコーチを務める与田剛ですね。 現在の背番号は92、現役当時は29などでした。 とにかく球が速く、重かったようで、中日の抑えとして、大いに活躍しました。 しかし稼働期間は思ったより短く、故障によるもどかしい日々が、長く続いたようで…

背番号91の記憶…

(敬称略) 下柳剛。 ホークス、日本ハム、阪神、楽天と渡り歩いた、豪腕ピッチャーです。 熱い男です。 ホークスでも頭角を現しました、タフな場面で力投しましたが、最も輝いたのは、阪神時代。 この頃にはベテランの味も加わって、大車輪の活躍でした。 …

背番号90の記憶…

(敬称略) ホークスファンである以上、この人を置いて他にありません。 景浦安武。 ホークス一筋37年。 主に代打、外野手、時には三塁手としても活躍。 酒を飲むと滅法打つという、「酒豪の強打者」でした。 水島新司の漫画作品「あぶさん」が、活躍の場で…

糊塗…

ほぼ毎日、位置情報SNSのswarm、Path向けに、択一問題を出しております。 選択肢を写真で示して、どれが正解かを、コメントで投票してもらうんです。 毎日問題を出していると、いろいろなことがあります。 昨日の問題は、こちら。 僕がいただいたのは、こち…

少年野球…

隅田川沿いに、野球場がありまして。 少年野球のチームが、試合をしてました。 まだ低学年の子たちのようで。 投球は山なりだし、バットも重そうで、よっこらしょ! ルールもよくわかっていないようで、ちょろちょろ走る子供たちを、大人たちが指導しつつ、…

活躍の証…

写っているのは、福ちゃんです。 2017年の、リーグ優勝にちなんだ記念品です。 そう、今年のシーズンで最も輝いた場面を12選んで、特製のフレームにしたんです。 これに選ばれたのは、ギータだったりサファテだったり。 上林や甲斐など、若手も入っていまし…

背番号89の記憶…

(敬称略) もちろん、この人です。 王貞治。 ホークス監督時代の背番号89。 王さんといえば、背番号1。 その王さんが、ホークスにやってくる! そりゃあ、驚きでしたよ。 素人目には、ホークスは巨人と縁があったようには思えませんでしたから。 そして、そ…

背番号88の記憶…

(敬称略) 末広がりで、いい番号ですから、名だたる名監督たちが、この番号を付けています。 日本ハム時代の上田利治監督や、巨人を率いた原辰徳監督、中日の高木守道監督など。 ホークスではこの人のイメージが強いですね。 鳥越裕介。 一軍コーチ時代の背…

背番号87の記憶…

(敬称略) この人でしょうか。 井出竜也。 コーチ時代の背番号87。 元々は日本ハムに長い選手で、ゴールデングラブ賞を2回も取っています。 ホークスに来たのは2005年。 目立った活躍はありませんでしたが、もう晩年でしたから。 そのまま、コーチ就任とな…

背番号85の記憶…

(敬称略) 西武の監督です。 辻発彦。 監督時代の背番号、85。 西武の黄金時代を支えた、名セカンドでした。 ゴールデングラブ賞8回というのが物語ってはいますが、敵のファンに「セカンドに飛んだらしゃあない…」と思わせるんですから、そりゃあ名手です。…

背番号84の記憶…

(敬称略) 今年から二軍の投手コーチを務める、久保康生が、背番号84を付けます。 長らく阪神のコーチを務め、その時も背番号84でした。 久保コーチと言えば、あの岩隈を育て、阪神ではメッセンジャーや桑原を育て上げるなど、指導力には定評があります。 …

背番号83の記憶…

(敬称略) この人が、背番号83でしたか。 馬場敏史。 現在は西武で、内野守備走塁コーチを務めます。 この人は元々、ホークスの選手。 レギュラーではなかったけど、守備はピカイチ。 終盤の守りを固める人でした。 トレードでオリックスに行った頃は、レギ…

背番号82の記憶…

(敬称略) NFLでは、ピッツバーグ・スティーラーズに在籍した、アントワン・ランドルエルが印象的です。 強豪のスティーラーズにあって、作戦によっては登場するワイドレシーバー(WR)だったと思いますが、この人、非常に器用で。 体はそれほど大きくあり…

背番号81の記憶…

(敬称略) ホークスの工藤監督、そして秋山監督が、背番号81ですね。 工藤さんは用兵が上手く、選手が結果を出しやすいですね。 秋山さんは背中で付いていかせるタイプ、かな? 2人とも、根本さん、王さんが築いたチームを、見事に引き継いでいますね。 NFL…

背番号80の記憶…

(敬称略) 野球選手では、この人かな? 千葉ロッテの大塚明。 コーチ時代の背番号、80。 現役時代は背番号23で、外野手として大いに期待されましたが、怪我も多くて伸び悩み、フルに活躍したシーズンは、わずかでした。 でも、敵のファンにも名前を覚えられ…

背番号79の記憶…

(敬称略) 赤ヘルの指揮官です。 緒方耕市。 監督時代の背番号79。 現役時代は外野手で、常に盗塁王を狙える走力を持ちました。 事実、1995年から3年連続、盗塁王を獲得しています。 打撃でも実力をみせ、首位打者に迫ったこともあります。 しかし、怪我も…

背番号78の記憶…

(敬称略) この人を、挙げたいかと。 須藤豊。 監督/コーチ時代の背番号、78。 (他の番号もあり) 現役時代は知りませんが、セカンドベースマンだったそうです。 当時の球団合併でポジションを奪われる形となって、苦労したようですね。 監督・コーチとし…

背番号77の記憶…

(敬称略) 僕らが思いつく、背番号77は… 星野仙一。 監督時代の背番号は、77です。 もう少し上の世代になると、多分こういう答になるでしょう。 川上哲治。 監督時代の背番号、77。 打撃の神様として君臨。 「ボールが止まって見えた」の言葉は有名です。 …

背番号76の記憶…

(敬称略) 中日ドラゴンズの投手コーチ、主にブルペンを担当するコーチがいます。 近藤真市。 背番号76。 この人の野球人生は、1987年8月9日の、ナゴヤ球場での巨人戦に尽きます。 なんと言っても、プロ初登板でノーヒットノーランをやってのけたんですから…

背番号75の記憶…

(敬称略) 千葉ロッテマリーンズの一軍打撃コーチに、堀幸一という人がいます。 背番号は75。 長らく背番号5を背負い、千葉ロッテ一筋、21年間も活躍を続けた選手でした。 「打てて守れる」とは、彼のことを言う言葉でしょう。 内野はどこでも、外野さえも…

背番号74の記憶…

(敬称略) 背番号74って、実は首脳陣にも、あんまりいないようですね。 でも、ホークスにはこの企画のためにあるような?方がいらっしゃいます。 小川史(おがわひろし)。 現役時代はショートの他、内外野をどこでもこなすプレーヤーで、選手会長も長く務…

背番号73の記憶…

(敬称略) 藤田元司。 背番号73。 僕が本格的にプロ野球を見だした1981年、巨人の監督を引き受けた人です。 それまでの長嶋さんの監督ぶりは、決して順風満帆じゃなかった。 その長嶋さんが監督を退任、王さんも引退して助監督になり、そして原辰徳がルーキ…