Line Buffer Overflow…

書くことが多過ぎるとき、バッファーとしてこちらに書きます。不定期更新です。

野球

背番号74の記憶…

(敬称略) 背番号74って、実は首脳陣にも、あんまりいないようですね。 でも、ホークスにはこの企画のためにあるような?方がいらっしゃいます。 小川史(おがわひろし)。 現役時代はショートの他、内外野をどこでもこなすプレーヤーで、選手会長も長く務…

背番号73の記憶…

(敬称略) 藤田元司。 背番号73。 僕が本格的にプロ野球を見だした1981年、巨人の監督を引き受けた人です。 それまでの長嶋さんの監督ぶりは、決して順風満帆じゃなかった。 その長嶋さんが監督を退任、王さんも引退して助監督になり、そして原辰徳がルーキ…

背番号72の記憶…

(敬称略) ホークスの二軍投手コーチ、若田部健一。 背番号72。 90年代、福岡ダイエーホークス時代のエースとして、投手陣を牽引した選手です。 あの頃本当に、他に人材がいなくて、孤軍奮闘、獅子奮迅の活躍でした。 1999年、入団した尾花投手コーチに発破…

背番号71の記憶…

(敬称略) この番号だと、監督やコーチの番号になりますね。 71はいい番号ですから、いろんな方がいらっしゃいますが、この人を。 関根潤三。 横浜大洋ホエールズの監督時代、背番号71を背負いました。 この後、ヤクルトでも監督をやりましたが、いずれも成…

西武の後を追って…

ホークスのコーチが3人も退団、パ・リーグの他の球団に移籍するそうです。 鳥越コーチと清水コーチはロッテへ、佐藤コーチは楽天へ行きます。 そりゃあ、痛手ですよ。 ある意味、選手よりも大きい、流出です。 内情から何から、みんな知ってますから。 ただ…

意味のあるギャンブル…

(敬称略) 日本シリーズは、ホークスの日本一で、幕を閉じました。 両軍とも奮闘、死闘を尽くした戦いに、拍手を送りたいですね。 ところで、話は変わって、NFLのお話。 アメリカンフットボールは、ボールを持って走ったり、パスしたりして、4回の攻撃で10…

背番号70の記憶…

(敬称略) ホークスには、田上秀則というキャッチャーがいました。 背番号70です。 中日では3年間在籍、大きいのを打てるキャッチャーとして期待もされましたが、わずか3年で自由契約にされます。 見かえさんと、ホークスの入団テストを受験。 実はこの時、…

背番号69の記憶…

(敬称略) ホークスに、井手正太郎という外野手がいました。 2001年ドラフト8巡。 宮崎県出身で、日南学園で甲子園を経験。 今年も育成で2人取ってますが、ホークスはかねてから、九州出身の選手を積極的に取ってきました。 井手もその一環。 事実、成績の…

背番号68の記憶…

(敬称略) ホークスでは三森大貴が、背番号68を背負います。 埼玉県出身で、「登戸ファイターズ」で野球を始めたそうです。 お隣、越谷市の出身です。 1999年生まれ、18歳。 もうすぐ、21世紀生まれの選手が、グラウンドを走り回る時代が来るんですね~ ル…

背番号67の記憶…

(敬称略) 記憶に残るのは、阪神などのブラゼルかな? 西武、阪神、ロッテで活躍しました。 昔は外国人選手が日本国内で移籍するのは珍しかったですが、最近はウチのサファテも含め、少なくないですね。 日本球界を熟知した、外国人選手は、貴重な存在では…

セーブをつかさどる…

久々に、ゲームのお話。 昔の、プログラムも打てるゲーム機「MSX」では、コナミから、「魔城伝説」というゲームが出ていました。 昔、コナミはゲームを作ってたんですよ。 もちろん、写真なんてないので恐縮ですが、縦スクロールのシューティングゲームでし…

背番号66の記憶…

(敬称略) ホークスファンとしては決して忘れてはいけない投手がいます。 斉藤和巳。 背番号66。 最初こそ怪我もあったり苦労しましたが、2000年代前半から中盤にかけて、ホークスのエースとして、もうそれは炎のような大活躍を見せました。 2003年には阪神…

ホークスファンになったきっかけ…

(敬称略) ホークス、1戦目勝ちましたね~! 多くの選手が、活躍しましたね♪ 第2戦の相手は、左腕かな? 苦戦するかも知れません…。 ホークスファンになったのは、高校生。 当時はまだ「南海ホークス」でしたね。 このホークスが、九州に来るってのが、大き…

背番号65の記憶…

(敬称略) 一軍で長く活躍しているという点では、西武の斉藤彰吾かな? 背番号65、外野手です。 僕としては相手目線ですから、時々やられるな、って印象ですけど、多くは守備要員、代走要員のようですね。 ただ、ここ数年は出番が減ってきているようです。 …

背番号64の記憶…

(敬称略) ホークスに、田之上慶三郎という投手がいました。 背番号64です。 僕と、同い年のようですね。 稼働したのは、2000年前後。 でも最初はもっと前、新聞に掲載されていた、選手のリストで知りました。 指宿商業高校の出身で、鹿児島の人なんだな~…

背番号63の記憶…

(敬称略) ホークスには、笠原大芽という選手がいます。 福岡県出身、22歳の若者です。 お父さん、お兄さんも、元プロ野球選手。 野球一家に育っています。 左投右打、というのは珍しいかも知れません。 お父さん、お兄さんとも、右投右打でしたから、影響…

お手柔らかに…

出題は、今月の中旬でした。 問題の題材は、これ。 たいていは2つ買って、カードを4枚ゲット。 シャッフルするかしないかで、見ないで最初に取った選手を、答えにすることが多いです。 ただ、この時は既に、クライマックスシリーズが始まっていたので、今ま…

背番号62の記憶…

(敬称略) ホークスではどういうわけか、キャッチャーの番号でして。 長らく、山崎勝己が付けていました。 城島みたいなスーパーキャッチャーではなかったですが、安定感のあるキャッチャーでした。 ただ、田上秀則だったり、細川亨だったり、常に強力なラ…

背番号61の記憶…

(敬称略) 野球選手で有名なのは、角中かな? 今は3番ですが、長らく背番号61を付けていました。 強打者ですよね~ 首位打者も、2回取りました。 出身は七尾市ですが、アイランドリーグの高知ファイティングドッグスの出身で、独立リーグ出身では、稼ぎ頭で…

背番号60の記憶…

(敬称略) 実はこの企画、60番台が一番難しいんです。 70番台以降は監督、コーチがいるので、その現役時代を書けます。 90番台は、何人か選手もいますし。 若い選手でも、60番台を付けて、なおかつ書けそうなネタがある人は、少ないのです。 大いなるチャレ…

ピンチランナー…

野球ネタでなくて、恐縮ですが…。 渋谷からの帰りです。 半蔵門線、東武線で、草加まで。 お供は、 東急8516号車。 でも、「あれっ?」と思いましてね。 列車はいわゆる「スジ」によって、路線内を行き来しています。 その記号が、この「61S」。 早朝に渋谷…

背番号59の記憶…

(敬称略) 石毛博史。 背番号59。 巨人の90年代前半を支えた、クローザーです。 とにかく、球が速かった! 150km/h超は当時はまだ少なく、驚異的でしたね。 長嶋監督は石毛と橋本を指して、「勝利の方程式」と表現したそうですが、他チームでも使われる「メ…

背番号58の記憶…

(敬称略) 我らが「King of the Closer」!! デニス・サファテ投手。 背番号58。 マリンスタジアムなどに、友人を連れて行くことがあります。 勝ってればもちろん、このサファテが登場するんですが、 「速ぇ~なぁ~!!」ってのが、共通の感想。 150km/h後…

背番号57の記憶…

(敬称略) ホークスでは、左のワンポイントというイメージが、定着してますね。 背番号57、三瀬幸司が有名です。 「三瀬=店」から、「店長~!!」なんて声が、飛んでましたね。 ただ、2005年の交流戦で、金本への頭部死球で危険球退場になってからは、思…

背番号56の記憶…

(敬称略) 御子柴進。 背番号56。 読みは「みこしば」です。 長野、特に岡谷や伊那に多い名字で、松本でもよく見かけました。 そう、彼は塩尻の出身。 松本工業高校から阪神タイガースへ入団して、15年間も活躍した選手です。 右サイドハンド、変速投法の投…

背番号55の記憶…

(敬称略) 3人挙げます。 まずは誰もが知る、ゴジラ松井! 日本を代表する長距離砲で、東京ドームほかに多数のホームランをかっ飛ばしました。 守備でもそつのないところを見せましたし、何より、 「紳士」! 読売巨人軍にはうってつけの選手だと、思ってい…

背番号54の記憶…

(敬称略) 僕の中では、槇原博己かな? 主力になってからは背番号17ですが、デビューしてからしばらくは、背番号54。 50番の駒田、55番の吉村とともに、「50番トリオ」なんて言われました。 とにかく球が速かった! 1980年代では珍しい、150km/h超えを連発…

背番号53の記憶…

(敬称略) ホークスの五十嵐亮太。 かつてはヤクルトで活躍した時は、「速い!!」 150km/h後半の剛速球で、グイグイ押しました。 石井弘寿とともに、「ロケットボーイズ」なんて呼ばれたそうですよ。 ※ トランプさんがあの人に付けた「ロケット…」と違うの…

背番号52の記憶…

(敬称略) この人でしょう! 川崎宗則。 背番号52。 そう、ホークスが強くなる一方手前ぐらいから活躍しだした、ホークスの内野手。 あらゆる意味で、中心にいた選手です。 実は、出身の鹿児島県姶良町には、僕も住んでたことがありましてね。 僕は東側の帖…

背番号51の記憶…

(敬称略) 皆さんご存知の、偉大な選手がいます。 「Ichiro Suzuki」 背番号51。 「イチロー」は、今では立派な固有名詞ですが、元々は仰木監督が、入団当初から三枚目で売っていた!?佐藤和弘を「パンチ」として売り出すため、カップリングとして名付けた…